『練乳珈琲』のご案内

モリプロ珈琲

練乳珈琲とは

新商品『練乳珈琲』はその名の通り、練乳にオリジナルアイスコーヒーを注いでお飲みいただくコーヒーです。コーヒーはベトナム産のコーヒー豆を使用しています。
グラスに注ぐと練乳の白とコーヒーの茶色のキレイなコントラストを見ることができ、目でも楽しめる逸品となっています。

練乳を入れるコーヒーと言えばベトナムが有名ですが、新商品の『練乳珈琲』は、板橋区と縁のある渋沢栄一から発想を得ました。

渋沢栄一と板橋区

弊社の本社がある板橋区は、戦前から都内有数の工場集積地として発展し、光学技術や印刷業が集積するなど、都内有数のものづくりの拠点として発展してきました。その歩みは、日本の産業や科学技術の発展に寄与しながら、日本の近代化に大きく貢献し、現在も区は産業のまちとして高く評価されています。

このような歴史に深く関わっているのが、近代日本経済の父・渋沢栄一です。

板橋区が渋沢栄一を顕彰することとしては、実業家としての一面に加えて社会福祉や文化の支援者であった点が挙げられます。渋沢栄一は、区内の養育院(現、東京都健康長寿医療センター)の経営に携わり、同院長を長らく務め、関東大震災後に区に移転してきた養育院を中心に日本の社会福祉を支え、医療の発展に大きな影響を与えました。

一方で、現在板橋区を中心に活動を行っている都指定文化財の「説経浄瑠璃」(仏教を広めるために伝説や説話に脚色を加えて演奏する音楽)を伝える若松若太夫を支援するための「若松会」を設立した際の発起人の一人でもあり、文化の支援者としても活躍しています。
(出展:板橋区HP

渋沢栄一とコーヒー

「近代日本経済のの父」と称される明治・大正の実業家であり、2024年1万円札の新紙幣の肖像に選ばれた渋沢栄一が渡仏した際にコーヒーを愛飲していたそうです。

渋沢栄一は、幕末まで徳川慶喜に仕えた藩士。最後の水戸藩主だった慶喜の異母弟・昭武(あきたけ)に随行し、1867年からパリ万博使節団として渡仏しました。また昭武と皇帝ナポレオン三世との会見の実現などのために活躍しました。

当時のフランスでは、コーヒーに砂糖と牛乳を入れて飲むのが主流でした。渋沢栄一もこの飲み方を気に入り「砂糖と牛乳を加えて飲み、すこぶる胸中がさわやかになった」と渋沢栄一が書いた『航西日記』にも記されています。

このようなことから「見た目にもこだわり、ミルクと砂糖が入ったコーヒーを作成したい」想いから試行錯誤した結果、今回の練乳珈琲が誕生しました!

しっかりとした苦みの中に練乳のまろやかさと甘さが相まって、デザートののように飲めるコーヒーとなっております。ぜひご賞味ください。

『練乳珈琲』オリジナルラベルデザイン